真実は 「…っばか!最悪!キス魔!」 力まかせの掌が頬に触れるかというところで勘助は足をするりと移動させて避けた。 真奈の膨れっ面が面白くて思わずくつくつと笑いが込み上げる。 「もう!口きかないんだから!出てって!」 真奈は耳まで真っ赤にして啖呵をきると部屋の隅で膝を抱えて座り込んだ。 「おやおや短気は損気、というものだぞ…まあいい。俺もじき仕事だ。おやすみ、奏」 「……。」 勘助は真奈ににっこりと笑いかけると戸を引いて月明かりの廊下に出た。 じっとりとした空気が肌にまとわりつく。ああ、そういえば夏も近いのかと気付いた。 『かなで』 音もなく口を動かす。 勘助にとって最も大切な言葉だった。 そして、勘助と彼女を繋ぐ唯一のもの。形あるものなんてなにもなかったのだ。 今しか口にすることができない言葉だというのに何度言っても首を縦に振らない『奏』に苛立ちを感じていた。 しかしそれと同時に、威勢が良く賽の目のようにころころと表情を変える『奏』が面白くてたまらなかった。 奏と死に別れてからというもの幾度も女を知ってきたが興味を引く者はおろか、まともに言葉を交わそうと思わせる者などいなかった。 そして俺は思う。 俺には奏しかいないのだと。 奏以外では意味がないし、奏でしか俺の内の空白は埋められないのだ。 ならば俺を知らぬ、という女は?奏ではないのか? 幾年もの月日のうちに俺の中の奏が薄れてしまったというのか?あの愛しい面影を違えたと? 勘助はそこまで考えて、ふと溜め息をついた。 「…急いては詰まらぬ。俺に無駄な年月ばかりはたっぷりとあるのだからな」 にやり、と口元を歪ませて。 白髪の男は音もなく闇夜に消えていった。 終 |